
髭の殿下で親しまれた、三笠宮寛仁(ともひと)さまの長女、彬子(あきこ)女王の著書「赤と青のガウン」を読んだ。オックスフォード大学・留学記である。愛情深い父君とのエピソードは到底どなたも涙なくして読めない。その中で、英語の学び方に触れている部分があった。3という数字にまつわるもので、3時間、3日、3週間、3か月、3年。各段階で学びの景色が変わってくるというもの。たどたどしかった英会話が、突如、霧が晴れたかのように体得できた瞬間があるという。私には経験がないので何とも言えないが、よくいうところの、ゾーンに入った、ということなのかも知れない。
ゾーンに入った野球選手は、投手の投げたボールが止まって見えるという。若乃花(貴乃花のお兄ちゃん)は、取組の最中に対戦相手の次の動きが見えたという。あるいは、「奇跡のりんご」の木村秋則さんの様々な不思議体験などが、そうかも知れない。
私も少しだけ、似たような経験がある。テープリライトのアルバイトでのこと。テープリライトは、録音された対話の文字起こしである。明瞭なものばかりではない。小声だったり、早口だったり、中でも、何度聞いてもぶつぶつと念仏を唱えているようにしか聞こえない方もあった。深夜、同業の友人に電話で、泣きついた。「それは、何回も聞くしかないヨ」、「だよナ」。録音テープを巻き戻してしつこく聞いていると、だんだんと、言葉のカケラが少しずつその姿を現すようになった。必死に食い下がる。やがて、すっと霧が引いてゆくのが分かった。それを端緒に、すべてが嘘のように解明されてゆく。これまで聞き取れなかったのが、不思議なくらいだった。
脳は計り知れない。「石の上にも三年」という耳慣れた文句が精彩を放ってくる。道徳観を超えて、「諦めない」という言葉には夢がありそうだ。