
乙姫様とも出会わず、鯛やヒラメの宴会もなく、私は青森の片隅で平々凡々と暮らして来た。もらわなかった玉手箱は開けたことがないし、開けてはならない、という八千草薫さんのような絶世の美女との約束もなく、いくら興をそそられても、玉手箱はないのだから反故にすらできなかった。それでも白髪の老爺になった。不思議なことだ。そもそも、亀を助けなかったから夢の城には行けない。そもそも、青森湾の浜辺の心優しい子供たちは、亀をいじめていなかった。その前に、私は浦島さんではないし、釣りが趣味でもなかった。だから、他人の生きざまを決してうらやむまいと思う。それが結論である。
足柄山の金太郎は、熊を相手に相撲の稽古をしたという。あながち嘘ではない。北海道のマタギは、冬眠中の母熊を仕留めると、残された子熊を生け捕って「二タ冬」育てたそうだ。熊はもともと人間好きで、子熊は人間の子供と相撲をとったりと楽しく遊んでいた。ペットのように、遊んでいるうちは爪は出さず甘噛みで挑んで来るという。子供たちが本気になって勝ち続けると、子熊も本気を出してかかってくるので、たまに手加減が必要だったようだ。最終的に子熊は「イオマンテ」(熊送りの祭)で神となり、天に召されてゆく。
大抵の熊は里山にいて人間を観察している。そして人間を畏敬している。人間はチェーンソーで大木を倒すほどの「得体の知れない強者」なのだ。代々熊はそれを見て来た。だが結論として熊対策は一様には行かない。若い熊は想定外の行動をとるからである。
マタギのベテランが、一度人間に危害を加えた熊は「必ず駆除」しなければならない、と話す。よくも悪くも「熊も人間も学習している」。そうならないよう、長い時間をかけて原因を洗い出す必要がある。喫緊の課題ではあるけれど、対症療法だけでは済まない。偉そうに書いたが、怖い。お互いのために「運命の出会い」だけは避けたい。絶体に避けたい。
参考文献: 「クマにあったらどうするか」筑摩書房(文庫) 姉崎等・片山龍峯
