その89「とっておきの、一冊」

「とっておきの、一冊」

 オリンピアン・福士加代子さんにお会いして、親しくお話しを伺う機会があった。

 昨年は本を出版されている。本のタイトルはストレートに「福士加代子」だ。この本が、すばらしかった。ご本人には感謝の気持ちを込めてその旨をお話しした。彼女は、陽に焼けた顔に思い切り白い歯をのぞかせて、「この本を読んでも、足は速くならないよぉ」と、おどけて見せた。出版の企画が持ち上がった当初は「そんな本、誰が読むのか」と思いつつ、最終的には「これまでの自分の整理ができた」とおっしゃる。

 本の後半には「心を裸にする」という意味合いで、「すっぽんぽん」という項がある。「福士さん、特に、すっぽんぽんに感激しました」と話すと、破顔一笑された。

 最近の私は、「元気をもらう」「勇気をもらう」などという言葉に、いささか食傷気味だった。だが、「実に元気をもらいました」と、けろりと宗旨替えをして、頭を下げた。

 この項を要約すると、「うまく行った時の自分も、失敗した時の自分も、全部が自分。世間様はあなたの失敗など次の日には忘れている。」そんな内容だった。ゴール直前に転んで、転びながらも笑顔を見せる福士加代子さんである。アマチュアランナーの友人が言うには、「フルマラソンで転んで、笑顔は絶対に出てこない。そんな真似は出来るものじゃない。彼女は、超人。」だから、「すっぽんぽんの、精神」には、説得力があった。

 数日後に私は、長時間にわたる「講演」の予定があった。最も苦手な分野である。「他人様は、翌日には忘れている」に勇気を得た。もやもやしていたものが吹っ切れた。

 本の扉に直筆サインを戴いた。サービス精神旺盛な方で、扉の2頁に渡って私向けに応援歌を書いてくれた。アスリートには必見の一冊だが、岐路にあったり、夢に向う最初の一歩をどうしても踏み出せないでいる人、特に、少年少女のみなさんにお薦めしたい。