その113「似て非なるもの」

「似て非なるもの」

お爺さんが匙(さじ)を「しゃじ」と発音する時、秘かに私は、しゃじはユリ・ゲラーでも曲げられないだろうと思う。携帯式の太陽光発電機がある。それなら、お地蔵さんの横によくある「赤い風ぐるま」をなんとか工夫して、小さい風力発電に出来ないものかと思う。那須川天心のボクシング中継を見ながら「天心って、あぁ見えて、お茶の本を出しているらしいぞ」と言えば、誰もが「岡倉天心」だとは思わない。似て非なるもの。私は未だに、つるの剛士と上地雄輔の区別がつかない。

こんなことがあった。学生時代の半年ぶりの帰省で、地元の友人と居酒屋に行く約束をした。タクシーを拾えず、バスにしようと停留所まで歩いた。停留所に着いてもまだまだ来そうにないので、次の停留所まで歩いてゆくと、タイミングよく懐かしい黄緑色の市営バスが来た。 

一人でバス待ちをしていた妙齢のお嬢さんが先に乗って、続いて私が乗る。街中まで進んで、次で降りると決めて立ち上がると、かのお嬢さんも降りるようだ。彼女に続いて、私も降りた。同じ方向らしい。距離をとりながらついてゆくと、彼女は私がめざしていた居酒屋に入った。嫌な予感がした。

店内は満席に近い。幸いにもカウンターの一席だけ椅子が空いていた。その席で友人を待つことにする。偶然のめぐりあわせも、ここまで来ると奇怪至極である。私の隣りの席に例の女性が座っていたのだ。彼女とその彼氏らしいふたりはそそくさと店を出て行った。鈍感な私も状況を理解し始めていた。カウンターの中の店員さんも怪訝な顔をしていた。

彼女からしてみれば、私は彼女の跡をずうっとつけて隣りの席に座ったのだ。そうでない証拠など何ひとつない。ストーカー冤罪物語だ。話はそこで終わる。もどかしい。私がゲンナリしたのを彼女は知らない。被害妄想だったことを彼女は永遠に知らない。

そして未だに私は、つるの剛士と上地雄輔の区別がつかない。どうしてくれる。