その115「受験シーズン」

「受験シーズン」

受験シーズンになると、思い出す。

生涯に禍根を残さないようにと、最後の追い込みのつもりで、入学試験のあるその年明けから、これまでにない綿密な勉強の計画を立てた。とにかくこの予定表を全うしようと決心する。この決心が、自信というよりも安心につながった。

大の月(31日)・小の月(30日)のマスを作り、予定の勉強科目を書き込んでゆく。もう後戻りはできない。そして一ト月経ち、二タ月目の後半になった。順調に進むかに見えていた。と、大きな間違いに気づく。小の月ではあるけれど、2月は「28日」しかない。やらかした。直前なって気づいたのだ。暦から2日(48時間)が消えて、一気にやる気が失せた。

さて。受験日当日である。上京し、見知らぬ土地での大勢の見知らぬ受験生に紛れて、緊迫の、一科目めの試験が始まった。まぐれを引き寄せる「分からなくても空欄は全て埋める」方式で、答え欄に空白はない。そして、終了の合図。速やかにトイレに向かった。都会の真ん中で、個室ほど安心できるスペースはない。静かな個室でゆるやかに孤独を満喫していると、遠慮深いノック音がした。2~3度続いた。そろそろ次の試験科目が始まる時間だ。おもむろに扉を開けると、驚くべき光景が広がっていた。鳴呼、我が同胞、受験生たちの長蛇の列があったのだ。ざっと見積もって20 人だった。

私は、そそくさと試験会場に向かった。あの受験生たちはその後、どうしたろうか。この男子トイレは、個室がひとつしかなかったのだ。

やがて、私はめでたく合格し、長い学園生活の中で何度も、件のトイレを利用することになる。その度に当時のことが思い出され、懺悔、ほろ苦い思いがよみがえったものだ。

勉強も大事、体調管理も大事、時間管理も大事だが、いつ何があるか分からない。受験対策のひとつに、トイレを加えたい。学校も先輩も、決して教えてくれないだろうから。

犯人しか知らない秘密の暴露である。