その87「譲り合いのこころ ―誰も読みたくないタイトルだろ―」

「譲り合いのこころ ―誰も読みたくないタイトルだろ―」

 「歩行者のいる信号機のない横断歩道での一時停止率」は、青森県は56,7%だという。全国7位である。昨年が14.0%で、改善率では全国1位となった。違反点2点+反則金9,000円(普通車)と聞けば、福沢諭吉から「ぼおっと生きてんじゃねぇよぉ。」と叱られる。

友人の個人タクシー運転手くんいわく、青森市内での取り締まりは、「あそこと、あそこと、あそこの場所が特に厳しい」と教えてもらった。彼にとって交通違反は、商売道具を取り上げられることだから、顔に似合わず(失礼)、小動物のように敏感だ。たまたまゴールド免許の私もまた、ケチなくらいに金色の特典に固執していて、安全第一を心掛けている。

午後出勤のある日。この日は深夜までの大仕事を控えた一日だった。会社の近所の貸駐車場に車を置いて、駐車エリアと車道を仕切るレンガ塀を出ようとして、右手側に、子供用の自転車をふらふら操っている坊やの姿が見えた。すぐ後ろには、若いママが、坊やを見守るように自らも自転車で、ゆっくりとついてきていた。ふたりをやり過ごそうと思い立ち止まると、私を見つけた坊やがブレーキをかけて、ご丁寧にも大人びた口調で「どうぞ。」と言ってくれた。ならばと、丁重に会釈して「どうも。」と返した。いたいけない幼児に道を譲られて、雲間から陽がのぞいた気がした。仕事のプレッシャーなど吹き飛んでしまった。

坊やは、自転車デビューだったのかも知れない。「交通ルールを守ること。人に道を譲ること。これが守られなければ自転車は買ってあげない。」今乗車している自転車は、きっと三つ上の兄のものなのだ。と、そう想像してみた。今夜パパが帰宅したら、ママの報告で坊やは最上の言葉で褒めちぎられる段取りだ。パパは、にこりとしながら、こう言う。「偉いね、サンタさんに言っておくよ。」この坊やに、幸あれ。まさか、「きょうはお年寄りに道を譲ってあげた。」とは話していないだろうね。お年寄りではなく、お兄さんだからね。