その94「マジっすか?」

「マジっすか?」

日中、家で寝っ転がっていると、居間の北側の窓の方から怪しい物音が聞こえる。見るとうごめく黒い影があった。この頃は物騒なニュースが多い。一瞬身構える。何者かが窓をこじ開けようとしていた。辺りをはばからないのは素人の手口か。もしや、闇バイトか。金持ちは、隣の家だ。と、思い切り咳ばらいをすると、バサバサはためいて去っていった。カラスだった。敵が何者であれ、戸締りはくれぐれもしっかりとしなければ。

いつか、金融機関の「防犯訓練」に付き合ったことがある。かつての私の職場である。予定の時間に強盗に扮した警察官が侵入してくるという。テレビカメラが入るというので、「誰か、犯人の犠牲になってくれ」という。支店長命令だ。テレビカメラと言われれば食指が動く。私は、一番に手を挙げた。当時、アマチュア劇団に在籍していたので、腕の見せ所だった。カメラがスタンバイ。時間になる。従業員入り口、奥の通路で花火がバチバチと鳴った。覆面の犯人が現れた。迫真の演技だ。予定されていた私の席まで来ると私の首根っこをガバとつかんで振り回した。彼はマジである、手加減がない。油断していた、話が違う。

TVのサスペンスドラマで、現金輸送車の運転手役をやって、刺殺されたことがある。エキストラとしては上級だ。犯人役のプロの役者さんに「お手柔らかに」と挨拶をすると、ナイフは木製で、刺す時には手首をくるりとひねって、身体にはこぶしを押し当てるから大丈夫だ、と極悪犯人に似合わないとさわやかさで笑った。いざ、本番。犯人役はやはりどうしても興奮するらしい。後で、シャツをたくりあげて腹部を見ると、模造ナイフの切っ先につつかれた点々が、痣になっていくつもついていた。何が大丈夫なものか。話が違う。

いかさま、プロを侮ってはいけない。いつも真剣なのだ。「彼らはこれで飯を食っているのだ。箸で食っているのではない」と、おちゃらけアンちゃんが言っていた。