
小学生の頃。休み時間に、同級生のW君がニコニコしながら私の所にやってきた。「てぶくろを、反対から読むと何ぁんだ」。「えぇと。ろ・く・ぶ・て?」と返える。彼は「あ。六(回)ぶてと言った」と、人差し指と中指をそろえて私の手の甲を軽く六回ぶった。他愛のないやりとりである。そして、さらに彼はメモを出して「じゃあ、〇ねば〇。これはなんて読む?」。〇と〇を書いたが、ひとつ目は大きな〇でふたつ目は小さな〇である。難問だ。悔しいが降参することにした。答えは「オマルねば困る」だった。オマルが無ければ困る、のだ。
さらに遡って、私の保育園時代のこと。母から私の出生の秘密をあかされた。「お前は、堤川の上流からオマルに乗ってやって来た。それを父と母が見つけてここまで大事に育てたのだ」。定番のジョークである。まるで桃太郎みたいだが、私は一寸法師の勇姿を思い出して、なかなかいい話だと思っていた。
さて、R-18指定の話し。Hな話ではない。やや尾籠(びろう)な内容だが、大事な話であるためやむなく年齢制限をしたいと思う。お察しの通りオマルがらみだ。
ご案内の通り、高齢になるとだんだんとトイレが近くなる。夜間に3~4回はトイレに立つ。これはなんとかしなければならぬ。意外や、家の中での転倒事故が多いと聞く。深夜の寝ぼけまなこでは、足元がおぼつかない。何が起こるか分からない。打ちどころが悪くて、一度骨折なんかすれば、取り返しがつかない。そこで登場するのがオマルだ。昔ながらの尿瓶(しびん)にしろとは言わない。災害時用の簡易な物もあるが、近頃は、お洒落なそれ専用の排尿用バッグ(袋)が販売されている。家内安全が一番である。
よろしい、若いうちは笑ってくれて結構。〇ねば〇。早めにお宅の爺さんにプレゼントしてやっておくれ。堤川の上流からオマルに乗ってやってきた私にはよく分かる。
