その92「浅草のおみくじ」

「浅草のおみくじ」

花やしきの前を通り、通常は予約がとれないという牛鍋の老舗、「米久(よねきゅう)本店」の極上のすき焼きを戴いた。牛鍋とすき焼きは違うようだが、私には区別がつかない。肩ひじを張らない、使いこなされた古びたガスコンロがいい。真っ昼間からのビールは旅ならではのもの。喉が唸る。何故この人気店に入れたのか。はとバスのコースだったからである。

2月下旬の浅草・仲見世は立錐の余地もなかった。マスク解禁の時期とも重なり、高齢に加えて、基礎疾患ありの私は、ひやひやし通しだった。

雷門に向かう。混雑の要因は店の前の立ち食い集団だと思われた。それら一部の人が全く動かない。肩と肩の隙間を縫って、身体をひねってすり抜けて進む。仕方なく通りを一本外しても大して違いがない。着物姿の女性が多い。大都会は日常的にお祭り騒ぎだ。

浅草寺の前に戻る。おみくじを引いた。浅草のおみくじは「凶」が出る確率が高いという。私は「小吉」。共連れの先輩は「凶」を引いた。「おぉ、来たか」と苦笑している。おみくじ掛には「凶だけ結ぶこと」と書いてあった。噂さ通りで、結ばれたおみくじは花盛りだ。

覗き見た「凶」の文面をご紹介する。待ち人来たらず。失せ物見つからず。商売波乱。病い治らず。遠慮会釈ない悪運オンパレードだった。まるでコントだ。大吉より笑える。

万歩計は午後一番で一万歩を越えていた。足が棒だ。健康に良いと思って歯を食いしばる。カフェやレストランはどこも行列だった。思うに、器からこぼれそうな人数に比べ、休憩場所があまりにも少ない。私には、並ぶエネルギーすらない。 おしゃれな東京駅。そのすぐ隣りには「はとバス乗車口」がある。近辺はノスタルジーをかきたてる昭和の空気だ。一つの飲食店の前に「たばこ喫えます」の看板があった。私のような超アナログ小父さんは思う。ここは、取り残されたのではない。生き延びたのだ。