その79「ほどほどに、石橋を叩いて渡る」

ほどほどに、石橋を叩いて渡る

のどが痛くて、胸が息苦しい。かかりつけ医のS先生に診てもらうと「まずはレントゲンを撮りましょう」速やかな対応だった。技師の方が「シャツは脱がなくて結構です」と言う。それでも私は脱ぐ。いつもは素直な私なのだが、下着の背中にホカロンを貼っていた。

この症状は、コロナ以前、いや直前の話しである。世界がまだコロナのコの字も口にしない平和な時代だ。パンデミックの発端となった豪華客船の騒ぎは、その直後である。

あれから3年経った。診察室のS先生は、レントゲン写真を思い出の写真のように貼り出して「あの頃でよかったなぁ」と笑った。では、原因は何だったのか。つまり、大口を開けて寝ていたため、口の中が極度に乾燥したようだ。これに懲りて、就寝中には、コンビニで求めた玩具のような加湿器をずっと作動させている。

もっとひどい経験もある。さらに以前のこと。早朝に洗面台に立つと、咳が出て一向に止まらない。たまらずタオルで口を覆うと、血の飛沫があった。鏡を見ると顔面は蒼白だ。心細くなって、お医者様の娘だという先輩に相談した。「父に話してみましょう」という。早速、検査を受ける。先生は今は亡き、面長の、青森市内でも有名な御大だった。温厚な印象のN先生は、この日は鬼の形相で、触診やら、のどの奥をのぞいたりして「検査結果は、後日」と呟いて、明らかに私を避けるようなそぶりを見せた。後日とは一体いつなのか。かれこれ数十年が経ってしまった。未だに結果は聞かされていない。

すでに御大は鬼籍にお入りになっている。今思えば、激しい咳による、のどの擦過傷で、浅田飴かトローチの一粒で事足りた症状だったようだ。 一番あきれているのは私なのである。人生は大事に石橋を叩いて渡りたいと思うが、私の橋こそは、今や耐用年数を過ぎて、最悪の事態に直結する崩れかけの石橋なのだ。

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